計画段階評価の生みの親とも言える馬淵代議士(元国土交通大臣)の記事がありましたので、全文を貼ります。
現代ビジネス 2012年08月04日(土) 馬淵 澄夫
真に必要な公共事業の整備は、正しい将来交通需要推計を前提とするべきである!
社会保障と税の一体改革関連法案に関する三党合意によって、消費増税法案附則18条に「成長戦略や事前防災及び減災等に資する分野に資金を重点的に配分することなど」と公共事業投資を前提とする経済対策が盛り込まれた。さらには自民党提出による「国土強靭化基本法」など、防災・減災に対する施策としての公共投資がより声高に叫ばれようとしている。
また、政権交代の理念として「コンクリートから人へ」のメッセージを発信してきた民主党政権であるが、野党同様に公共事業回帰が行われようとしているのではないか、との報道も繰り返しなされている。
しかし、一方で民主党政権が行った公共投資に対するドラスティックな変革については、地味であるが故にほとんど報道に取り上げられることはなかった。そこで、筆者が政権交代前後から取り組んだ、公共事業改革についての実際を明らかにしておくところである。
1)交通需要予測における問題意識
「新たな交通インフラ整備で需要が増加?」
公共事業としてまず思い浮かぶのはダムや道路、空港・港湾あるいは鉄道などだろう。これらは、民間では困難なインフラ投資として国民の安全や利便性向上のために行われてきたものであるが、その事業の必要性は、かかる費用(コスト)と得られる便益(ベネフィット)の比較において判断されてきた。コストは工事の積み上げで機械的に計算されるが一方のベネフィットに関しては様々な計算方法が今日まで議論されてきたところでもある。
河川や公園、ダムなどを除いて、このベネフィットの多寡の根幹に関わるものとされるのが「交通需要予測」である。将来における交通量が増えるのか減るのかによって当然、交通インフラによって得られるベネフィットは大きく左右されることになるわけだ。
そして以前からたびたび指摘されてきたことだが、国土交通行政の新たな交通インフラ整備における交通需要予測は常に増加してきたのだ。これは空港、高速道路、新幹線など新たなインフラを整備すると、時間短縮などにより利便性が向上し、交通需要も増加する、という考え方に基づいたものである。
確かに、高度成長期のように交通インフラが乏しい時代にあっては、新たな交通機関の誕生により人や物の行き来が増加したことは事実である。しかし、今や高速道路は全国に張り巡らされ、地方空港もほぼ整備が完了しているような状況であり、お互いが競合する関係にある。
このような状況の中では、新たな交通インフラが整備されたとしても、さらなる交通需要が創出されたのではなく、競合する他の交通機関から需要が移行しただけ、と考えるのが自然である。
一方、国交省の将来の交通需要推計に当たっては、このような他の交通機関との競合関係をモデルに組み込んではいるものの、実際の交通需要推計については、空港、鉄道、道路など交通機関は別々に推計を行っており、使用するモデル、パラメータの値がばらばらであるほか、その推計結果について、お互いに整合がとれていない状況であった。
まさにかつての建設省、運輸省の縦割り行政の弊害が残滓となっていたところでもある。そしてこのことが原因で、将来交通需要予測に基づいて見込んだ収支と乖離した実績となる地方空港や高速道路が現出することになったのである。
「右肩上がりの経済成長が前提」
現在の日本経済は、言うまでもなく低成長時代に入っている。しかし、政府は当然、経済を成長させる目標をたてて様々な経済政策を講じている。交通需要は、当然経済規模が大きくなればそれに伴い増大し、景気が低迷すれば特に物流を中心に交通需要も減少する。
このような経済状況を交通需要推計に反映させるために、GDPをパラメータとして採用している。この考え方は妥当であると考えられるが、推計に当たって用いている将来のGDPの値は、政府が目標としているものである。つまり、経済を成長させるために目標(推計ではない)としているGDPを交通需要推計に用いているため、この推計は自然に右肩上がりの経済成長を前提とすることになる。
実際に経済が右肩上がりに成長していた1980年代までは、交通需要推計を上回る交通需要の伸びが見られたものの、バブル崩壊以降、低成長が続く状況では、交通需要推計の結果は、実態と合わないものとなり、推計を見直す度に、交通需要を低く見直さざるを得ない状況となっていた。
このような交通需要推計でインフラ整備を続けるとどうなるか。事業化時では、B/C(便益[ベネフィット]を費用[コスト]で割ったもの)が1を上回るような事業(便益が費用を上回る、すなわち事業化の価値があると判断されたもの)でも、工事を進める中で、その必要性がどんどん低下するものも出てくることとなり、事業そのものの見直しが必要となるのである。
「人口が減ると交通需要が増大?」
空港や新幹線では、交通需要推計に「1人あたりのGDP」を採用していた。この考え方は、一人あたりの所得が増加すれば、交通需要が増大するとの考え方に基づくものであるが、現在のような長期のデフレ下では、個人所得は低下の一途をたどっており、「1人あたりのGDP」が個人所得の傾向を表すパラメータになり得ていないことは明白である。
しかも、この「1人あたりのGDP」を将来交通需要推計に使用した場合、日本の将来人口は減少局面に入る中、右肩上がりのGDPを想定すると、このパラメータは相乗的に増加することとなり、将来の交通需要の過大評価の大きな要因となり得るものなのだ。
「見通しを下回る収入でも黒字?」
旧日本道路公団時代を含め、高速道路会社が投資する借入金による高速道路整備は、当然であるが、採算性の範囲内で実施されている。この採算性の判断の前提は将来交通需要予測に基づく収入見通しであり、この需要予測の見通しが甘いと、巨額の債務を保有する高速道路会社及び日本高速道路保有・債務返済機構の破綻に直結し、将来の国民負担増加につながる恐れがある。
毎年度、高速道路会社は、あたかも黒字であるかのような決算報告を公表しているが、実際の収入は、建設を判断した際の収入見通しを大きく下回っており、たまたま低金利により黒字となっているのに過ぎない。
2)改革の方向性
「各事業の需要推計手法の整合性を確保」
そこで、筆者は政権交代直後から副大臣としてこの改革に当たった。法律要件ではないことから、政務において取り組める事柄であったことも功を奏した。まず、交通関係公共事業の厳格な事業評価の前提として、国交省内に「将来交通需要推計検討会議」を設置し、政治主導により将来交通需要推計手法の見直しに着手したのである。
平成22年7月までに、各事業の需要推計手法で利用している前提条件に関して、データやパラメータを共通化し整合を図るとともに、物流、人流双方の全国総交通需要を統一した。中間とりまとめ結果に基づき、平成23年度予算において、交通関係公共事業(道路、空港、港湾)について総点検を実施し、必要に応じてコスト縮減など事業内容の見直しを行った。
その後さらに、高速道路会社の経営計画に反映させるとともに、経営責任の所在についても明確化させることが必要だとしてきたところだが、残念ながら大臣を離れてからの国交省の取り組みは停滞気味である。
「統合モデルの構築」
さらに23年度末までに、全交通モードの将来交通需要推計をばらばらに行うのではなく、統一して推計するためのモデルを引き続き検討することとなっているが、モデル自体はすでに構築できている。
このモデルにより実際の事業を検証する作業が行われるはずであったが、遅れている模様だ。この統合モデルは、料金施策、モーダルシフトの有効性、地球温暖化への影響など総合交通政策を検討する仮定での検証ツールとなりうる。
高速道路政策で、他の公共交通機関への影響を把握することや、二酸化炭素排出量がどのように変化するかなどの検証ツールとして活用できる。また、筆者が野党時代に取りまとめた「高速道路政策大綱」に記した、きめ細かな料金政策、TDM(Transportation Demand Mnagement: 交通需要管理)施策を推進する上で、様々なシミュレーションを行うことも可能になる。
このように、公共事業の是非の根源となる交通需要推計を、かつての建設省、運輸省の縦割りを排除した新たなモデルを構築することにより、真に必要な公共事業整備が可能なシステムを作ってきた。その意味で、理念を守りつつ改革を実行してきたとの想いは変わらない。
しかしながら、野党を筆頭に防災・減災を旗頭に公共事業の大展開を行おうとする勢力に押されてか、国交省の動きそのものは極めて鈍い。ある意味、政治の力により捻じ曲げられてきた公共事業について、公平性・透明性・客観性をもって判断できる仕組みの導入に全力を傾けてきた者として、このことを重く受けとめ国土交通行政に邁進してほしいとの想いを持つところである。
「際限なき裁量行政」を打破し、利権に腐心する政治家の介在により連綿と続いてきた「不作為による無責任の連鎖」を断ち切ることを求めていくことに変わりはないのである。
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